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室町時代
大乗寺 金沢市長坂町ル-10
(石川県立美術館保管 金沢市出羽町2-1)
縦 151.7センチ 横 125.5センチ
県指定文化財 昭和44年2月18日指定
「三劫三千仏名経」によって描かれる仏画に、三千仏がある。過去・現在・未来の、それぞれ出現する千仏を、中尊として描かれた過去薬師如来・現在釈迦如来・未来阿弥陀如来の周囲にめぐらすもので、曼陀羅の図示的表現による仏画の1種であり、一般に3幅仕立てのものが多い。この千体仏画像は、中尊に釈迦如来像を描くところから、いわゆる三千仏画の中幅、現在釈迦千体仏画と見る考え方もあるが、おそらくは、当初から、千体仏のみをもって過去・未来をも兼ねる千体仏画の1幅本として制作されたものであろう。寸法も大きく、数多く描き込まれた仏の面容も、それぞれに個性を秘めて温和なほほえみをたたえており、描線も力強く、室町時代前期ごろの制作であると推定される大作であり、優品である。
江戸時代初期
大乗寺 金沢市長坂町ル-10
(石川県立美術館保管 金沢市出羽町2-1)
各幅 縦 107.5センチ 横 48.8センチ
県指定文化財 昭和44年2月18日指定
筆者長谷川左近は、七尾出身で桃山時代の画聖長谷川等伯の子といわれ、生没年は不詳であるが、遺されている作品により、その活躍期は、元和・寛永年間(1615~1644)を中心とする江戸時代初期ごろであったと思われる。等伯が「自雪舟五代」を名乗ったように、左近も「自雪舟六代」の款記を用いており、長谷川画系を継いだものと考えられ、漢画風の作品とともに装飾的な彩色画にも、その手腕を発揮している。
この作品は、左近の水墨画の代表作として古くから知られているもので、各幅にそれぞれ羅漢を1人配した十六羅漢16幅であったものが、4幅欠失し12幅伝来したものである。図様は、粗放で奇怪な容貌表現を特色として描かれているが、羅漢の衣紋の描法、樹木の描法、岩の皴法などは、長谷川派特有の雄渾な裂け筆による粗々しい筆致が見られ、技法的には等伯画からの強い影響を示しており、等伯以降の長谷川派の研究資料としても貴重な作品である。
昭和60年「石川の文化財」より
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