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室町時代
白山比咩神社 白山市三宮町2-105
長さ186.5センチ 身幅5.0センチ 反り3.3センチ
県指定文化財 昭和53年3月7日指定
この太刀は、鍛錬がきわめてよく、地刃ともに健全であり、姿は剛壮雄大で、しかも均整がよくとれ見事である。由来は、朝倉義景の家臣の真柄十郎左衛門直元が、元亀元年(1570)の姉川の合戦で、この太刀を振るって奮闘し、敵を数十人なぎ倒したといわれるところから、通称「真柄大太刀」の名でよばれている。白山比咩神社に奉納された年代や奉納者は不詳であるが、太刀拵については、寛永5年(1628)に、加賀藩3代藩主前田利常が名工後藤才次郎吉定に命じて飾金具を作らせ、紫檀の柄、花鮫皮研ぎ出し鞘などを整えて、白山比咩神社に奉納した旨が、箱書きに記載されている。形状は、鎬造、庵棟、身幅広く、重ねが厚く、反りやや浅く大鋒である。鍛は、板目肌に柾が交じる。刃文は、小乱れ互の目交じりで匂深く、所々に荒沸が強くつく。帽子は、表が乱れ込みで焼詰め風に返る。裏は不明。彫物は、表裏に棒樋、角止めである。茎は、生ぶ、先が片山形に近い片削り、鑢目は勝手下りで、目釘孔2個があり、佩表はばき元近くに小さい2字銘がある。年代は、室町時代中期の永正初年頃である。
昭和60年「石川の文化財」より
寛永5年(1628)
白山比咩神社 白山市三宮町2-105
長さ116.0センチ 身幅4.4センチ
県指定文化財 昭和53年3月7日指定
清蔵兼巻は、加賀藩3代藩主前田利常に招かれ、寛永17年(1640)に小松入りをし、有名になった刀工で、辻村兼若につぐ加賀の名工である。この太刀を制作した寛永5年(1628)は、20歳を越して間もない頃で、兼巻が、白山宮に大成を祈願した精進の傑作として知られているものである。この太刀の形状は、鎬造、庵棟、身幅広くて、重ね厚く、反りが高い。鍛は、板目肌によく錬れて健全である。刃文は、中直刃小沸でき、足入り葉も見える。帽子は、直に小丸である。茎は生ぶ、先が栗尻で、目釘孔が2個あり、鑢目は筋違いである。銘は「奉寄進白山妙理大権現御剣一振、願主加賀国金沢住兼巻作 于時寛永五戊辰暦八月吉日 清蔵(花押)」とある。
昭和60年「石川の文化財」より
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