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加賀市篠原町(加賀市管理)
国指定天然記念物 昭和2年4月8日指定
キンメイチク(金明竹)は金銀竹・青葉竹・青黄竹・黄金間碧玉竹などといわれ、江戸時代から園芸品種として植栽されているが、野生地の知られたものが少なく、全国では、7カ所が天然記念物の指定を受けている。マダケの突然変異として生ずるものと認められており、寛政7年(1795)に京都に現れたものは、当時の瓦版に残っており、このような不思議なものが現れるのは豊年の前兆として祝うがよい、と記されている。
篠原の金明竹は、明治9年(1876)、同町の河崎氏のマダケ林中に偶然発生したもので、その後、マダケを除いて保護され、現在に至っている。昭和45年(1970)に開花したが結実せず地上茎が枯死。翌年からは、年々、残存根茎から笹状の芽を生じては花をつけて枯れ、数年後に絶滅状となって保育されている。同じ現象が加賀市の犬の沢の金明竹や小松天満宮・兼六園その他各地の栽培品にも同時に生じ、篠原を除いて全滅した。このことは以上の諸株が、篠原の金明竹の株分けによったものであることの証であろうということになっている。
昭和60年「石川県の文化財」より
松月寺 金沢市寺町5-5-22
国指定天然記念物 昭和18年8月24日指定
金沢市寺町の大通りにあり、寺の土塀を一部壊して枝を道路側に出している。「大桜」または「御殿桜」ともいわれ、東西20メートル、東北に15メートルに及ぶ老大木である。寺伝では、慶安元年(1648)に、小松城に隠居していた加賀藩3代藩主前田利常が、城内にあったこの樹を松月寺の至岸に与え、現地に移植したものとされている。藩政期には、この桜を尊重し、藩主の行列でも、この樹下は槍を伏せて通行したという。江戸中期の儒者室鳩巣の、この桜樹への詠詩が知られている。
遊松月寺看桜花
古寺尋春春已残、白桜開尽倚欄干、珠林当昼雲長生、香閣引風雪不寒、
樹下人誇冠玉美、仏前僧作雨花看、晩来遊客未帰去、猶夕陽照繍鞍
系統的にはヤマザクラと見られるが、がく片が開花とともに反巻する性質があり、葉・花ともに大きく花の径4.0~4.5センチ、和名をショウゲツジザクラとされている。
昭和60年「石川県の文化財」より
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