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永享9年(1437)
専光寺 金沢市本町2-3-40
粘葉装 各帖共 縦15.9センチ 横16.0センチ
紙数 浄土和讃65紙・高僧和讃66紙・正像末和讃68紙
県指定文化財 昭和58年1月25日指定
親鸞(1173~1262)撰述の浄土和讃・高僧和讃・正像末和讃の総称。主著『顕浄土真実教行証文類』(『教行信証』)で示した思想を、和讃の形式で平易にまとめたもの。「三帖和讃」の呼称は、南北朝時代にすでに用いられていた。この専光寺本には、3帖とも奥書に、永享9年(1437)9月25日の日付と本願寺7世存如(1396~1457)の花押、ならびに「賀州吉藤専光寺常住也」の記載がある。文明5年(1473)、本願寺8世蓮如(1415~99)が越前国吉崎において開板した、いわゆる「文明版」以前の古写本である。この専光寺本と「文明版」を対比すると、たとえば浄土和讃では、専光寺本は最初の二首を欠くなどの違いもあるが、大体において大差はない。また、同じく、存如の花押を有する同寺所蔵の「持名鈔」「浄土真要鈔」とともに、蓮如以前の段階の加賀国における真宗本願寺派の教線拡大を示す史料として重要である。
昭和60年「石川の文化財」より
永享11年(1439)
専光寺 金沢市本町2-3-40
粘葉装 2冊共 縦23.9センチ 横16.5センチ
紙数 (本)26紙・(末)29紙
県指定文化財 昭和58年1月25日指定
本願寺3世覚如(1270~1351)の長男存覚(1290~1373)の撰述。1巻。元亨4年(1324)、仏光寺了源(1295~1336)の求めに応じて、阿弥陀仏の名号を専念すべきことを明らかにしたものである。この専光寺本には、2冊(本・末)ともに、永享11年(1439)6月23日、本願寺7世存如(1396~1457)より「賀州吉藤専光寺」へ下付した旨を記した奥書がある。蓮如の父存如の段階における真宗本願寺派の教線拡大を示す史料として重要である。
なお、八田建一編『吉藤専光寺史』に、この「持名鈔」と同日に存如が下付した奥書を有する「教化集」の存在が見えるが、現在、所在を確認することができない。
昭和60年「石川の文化財」より
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