ここから本文です。
鎌倉時代
西念寺 七尾市小島町リ-3
(石川県七尾美術館保管 七尾市小丸山台1-1)
縦 144センチ 横 83.5センチ
重要文化財 昭和30年2月2日指定
刺繍で仏像をあらわすことは、飛鳥・奈良時代にすでに遺例をみることができ、中国から仏教が日本にもたらされた時からすでに始められていた。
とくに刺繍仏は、糸をひと刺し刺しては丹念に仕上げていくところから、写経と同様に追善供養としての思想的な役割が生まれ、平安時代末期頃から鎌倉時代にかけて盛んに流行した。しかし絵画作品としての仏画にくらべると消耗度が高く、今日完品として残っているものは少ない。
この作品は、こうしたなかでの鎌倉時代の代表作として、早くから知られてきたものである。繍法は、刺し縫いを主とした精細なもので、色づかいにも繧げん彩色や、ぼかしなどの技法を用いて工夫をこらしている。
ことに衣文・台座・光背・天蓋の装飾的な部分は、刺繍の特長を十分に生かし、絵画では表現のできない重厚華麗な装飾性を表現し、瓔珞のゆれと、散る蓮華の花弁が静かで荘厳な画面に動きを与えている。
昭和60年「石川県の文化財」より
建治元年(1275)
高爪神社 羽咋郡志賀町大福寺ナ-58
径 23.5センチ 厚さ 1.65センチ(5面)、1.1センチ(1面)
重要文化財 昭和39年1月28日指定
この六面一具の懸仏は、かつて高爪山六所宮(現在の高爪神社)の御正躰であったものである。
六面とも、檜一枚板を円形につくり、裏面の周縁に面取りを施し、両肩に鉄製の吊金具を打ち付けてある。表は全面に胡粉を塗り、十一面観音坐像(高爪大明神)など6社の本地仏を各面に1躯ずつ墨線で描き、朱・緑・青・黄土などで彩色を施している。
裏面には、
建治元年九月九日
富来之院
高爪大明神
願主傳燈大法師祐禅
とある高爪大明神をはじめ、各々裏面の中央に「気多大明神」・「伊須留岐権現」・「白山妙理権現」・「若王子」・「八幡大菩薩」、その左右に建治元年(1275)の年紀と、願主名が墨書されている。
高爪山は別名「能登富士」とも呼ばれる秀峰で、古来、信仰の山として知られてきた。この懸仏は、木板彩画という他に類を見ない形式で、しかも正統派の絵師によって本地仏が描かれ、神名・年紀・願主名が記されており、中世の高爪信仰を知るうえに極めて重要である。
昭和60年「石川県の文化財」より
お問い合わせ
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください
同じ分類から探す