城郭庭園等の総合研究(元年度)
事業概要
平成29年度より、庭園の構成要素の一つである切石積石垣の確認調査に着手した。本事業は、埋没している初期の切石積石垣を発掘して、出現期の実態(場所・意匠・技術等)を明らかにし、外観や意匠を重視した「見せる石垣」が生み出された技術的・社会的背景を探ることを目的とする。
令和元年度は玉泉院丸北調査区(色紙短冊積石垣東面(2640E)と納戸土蔵下石垣(2620S)との入角部一帯)を対象に調査を実施した。
なお、調査にあたっては、金沢城調査研究埋蔵文化財専門委員会委員及び伝統技術(石垣)専門委員会委員の現地指導を受けた。
調査期間:令和元年5月7日~9月3日 調査面積:15平方メートル
現地指導:令和元年7月12・19日 現地公開:令和元年8月25日
調査の成果
玉泉院丸庭園の要である色紙短冊積石垣が、17世紀後半に新たに構築されたことが判明した。
- 色紙短冊積石垣には、庭園の作庭年代(寛永11年・1634)より下る、石垣編年5期(寛文年間頃、17 世紀後半)の特徴が認められるが、この時に新設されたのか、作庭段階からあった石垣が改修された姿なのかが課題となっていた。
- 石垣の東面において、土に埋まっていた基礎部を掘り下げたところ、上部と同じ様相の石積が最下段まで続いている状況を確認した。このことから色紙短冊積石垣は、平面の設計プランも含め、石垣編年5期に新設されたと考えられる。
納戸土蔵下石垣も同時期に構築されたことが判明した。
- 色紙短冊積石垣に隣接する納戸土蔵下石垣は、「金場取残(かねばとりのこし)積」の要素をもつもので、近世後期(18世紀後半以降)の特徴が窺える。その基礎部を掘り下げたところ、改修を受けていることが看取され、下部において石垣編年5期に位置付けられる典型的な金場取残積の石垣を確認した。また地盤と基礎の状況からみて、色紙短冊積石垣と一体的に構築されていることが判った。
庭園整備・切石積石垣の変遷上、17世紀後半が大きな画期であったことが改めて認識された。
- 昨年度の成果等も踏まえると、玉泉院丸庭園では、作庭時(17世紀前半)に匹敵する大規模な整備が、17世紀後半に行われたことが窺われる。寛文年間(1661~73)は、江戸で生まれ育った五代藩主前田綱紀が入国(寛文元年)し、改めて金沢城の整備を進めた時期に相当する。玉泉院丸庭園における景観の一新も、その一環であったと考えられる。
色紙短冊積石垣の東面・西面は粗加工石積で構成され、石垣編年4期(寛永年間頃、17世紀前半)製作の刻印をもつ石材が集中する。意匠的な効果を狙って、古材を再配置したと考えられる。積みは5期(寛文年間頃、17世紀後半)の特徴を示す。
当初は典型的な金場取残積として、色紙短冊積石垣と同時期に構築された。近世後期には、下部を除き金場取残積の特徴を残した切石積に改修された。この改修にあわせて、地盤も嵩上げされた。
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