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有形文化財(考古資料)
390点及び鉄鏃片一括
鹿島郡中能登町能登部下134部1番地 カルチャーセンター飛翔
中能登町
雨の宮古墳群は、邑知地溝帯を眼下にみる眉丈山、通称「雷が峰」を中心とする尾根筋上に位置しており、大型の前方後方墳、前方後円墳各1基と円墳など34基で構成される。能登地方における古墳文化の発展を示す重要な古墳群であることから、昭和57年10月12日に国の史跡に指定されている。
雨の宮1号墳は、全長約64mの前方後方墳であり、2段に築成された墳丘に葺石を施す。第1号埋葬施設は、全長6.2m、幅約80cmの割竹形木棺を内蔵する全長7.2m、幅約2mの粘土槨をもつ。
粘土槨の内部から、銅鏡1枚、腕輪形石製品19点を含む石製品、武器(銅鏃55本、鉄鏃74本、鉄刀・鉄剣など21振)、武具(短甲、持ち盾)、農工具など、種類、量とも豊富な副葬品が出土している。特に、呪術的色彩が強いとされる腕輪形石製品と、軍事力の象徴とされる銅鏃、鉄鏃の大量副葬、方形板革綴短甲の出土は、近畿地方以外では類例が少ない。
また、墳丘の裾部3箇所において、壺、高坏などの土師器が出土しており、葬送儀礼に用いられたものと推察される。本古墳の築造年代は、古墳時代前期後半(4世紀中頃~後半)と考えられる。
雨の宮36号墳は、直径約11mの円墳と考えられ、埋葬施設から鉄剣、刀子、勾玉など35点が出土している。
築造年代は、古墳時代中期中葉(5世紀中頃)と考えられる。
このように、雨の宮1号墳出土品は、古墳時代前期に畿内などと交流を行いつつ、能登地方の政治・軍事を掌握した首長層の葬送儀礼の実態を、また、雨の宮36号墳出土品は古墳時代中期の葬送儀礼の一端を、それぞれ示す重要な学術的資料であり、文化財的価値は高く、県有形文化財に指定し、その保存を図ることが必要である。
中能登町有形文化財(考古資料)指定 平成17年3月1日
(旧鹿西町有形文化財(考古資料)指定 平成14年12月18日)
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