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江戸時代~現在
加賀市捕鴨(ほこう)猟区協同組合 加賀市片野町地内
〔坂網猟の状況〕
県指定有形民俗文化財 昭和44年3月19日指定
加賀市大聖寺片野の鴨池は、日本海に面した自然の池で、毎年10月中旬に約5万羽の雁や鴨などが、シベリアから飛来する渡り鳥の越冬地として知られる。この鴨池に、元禄年間(1688~1704)に大聖寺藩士村田源右衛門が坂網による鴨猟を始めたという猟法が伝わる。これは、同じ日本海に面した秋田県八郎潟にあるサデ網と同系統の猟法で、長さ2メートルのカセと称される柄の先に、36センチのクムギをはめこみ、それに2.4メートルの雌竹2本をV字形に組んだハザオをつけ、これに絹糸の網を張り、網の底をとめるメタバサミがつけられたものである。
晩秋から冬にかけて、鴨取りは坂網をいく張りか用意し、坂場という丘陵地で、黒頭巾を被って朝夕に鴨が飛来する習性を利用して待つ。鴨は、風に逆らって飛ぶ習性があり、飛び上がった鴨の直前に素速く網を差し出して捕獲するもので、高く飛んだ鴨の場合は坂網を投げ上げるという特殊な技を要する。藩政期の鴨猟は、武家以外には許されなかった。
昭和60年「石川県の文化財」より
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