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南北朝時代
永光寺 羽咋市酒井町イ部11
像高 112センチ
県指定文化財 平成5年8月25日指定
瑩山紹瑾は、正和元年(1312)永光寺を開山し、次いで門前町の総持寺を開いた曹洞宗の太祖である。本像は、寄木造り、玉眼嵌入、下地布貼りで、漆彩色をほどこしている。円頂、法衣に袈裟を着け、右手に如意、左手を軽く握り、膝上に掌を上にして置き、衣を長く垂らして蕨手付きの椅子に坐する。面貌は一見おだやかな顔だちだが、細い目の眼光は鋭く、口辺に意志の強さがうかがえ、個性が生き生きと伝わってくる。特に左耳の後に径7ミリ大のイボを表現しているなど、開山祖師の面影を細かに表現しており、法衣や袈裟の表現も他3像の形式化された表現と異なり写実的である。造像年代は、膝前衣背面に「開山尊像 明峯大和尚裏書 釈迦牟尼仏 第五十四世法孫、大乗二代 洞谷山開闢真像 正中二年 八月十五日 巳尅於当寺」と銘文があることから、瑩山が正中2年(1325)に亡くなった後、二世明峰禅師の発願により造像されたものと思われ、形式的にも南北朝時代と考えられる。なお、沓、沓台、如意は江戸時代の後補である。
南北朝時代
永光寺 羽咋市酒井町イ部11
像高 109センチ
県指定文化財 平成5年8月25日指定
明峰素哲は、永光寺2世・大乗寺3世で、開祖(瑩山)創業の後を継ぎ曹洞禅の基礎を確立させた。本像は、寄木造り、玉眼嵌入、下地布貼りで、漆彩色をほどこしている。円頂、法衣に袈裟を着け、右手に如意を執り、左手膝上に握り、衣を長く垂らして椅子に坐する。面貌は温和であるが、写実に基調をおいた彫刻で、その表現に生気があふれている。造像年代は、写実的な面貌に比較して、やや形式化された法衣の彫技から南北朝時代と認められる。膝前衣背面に長文の朱漆銘が認められ、そのほとんどが判読できないが、「明峰大和尚」「二百九十五年也」等が読みとれる。沓は江戸時代の後補で、「呑良新添 明峰大和尚用」の朱漆銘がある。
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